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なうなルワンダ

こんばんは!


もう10月2日!新学期ですね。

ということで心機一転、生活習慣の改善を図ろうとまず早起きを試みた結果、

正午12:00に起床した山脇がお送りします。


朝の日差しがまぶしいぜ。


みなさん、夏休みはどうお過ごしになったでしょうか?


デート、勉強、バイト、就職活動、海外旅行、鬼ごっこ...


どれも楽しそうですね。


が、私はこの夏ケニアとルワンダで無賃労働をするという選択肢を選んだため

上記のどれもできませんでした。残念。


でもその分、みなさんになうなルワンダをお伝えすることが出来ます!!


ということで、以下突然ですが、私が練り歩いたルワンダの様子を写真と

ともにご紹介します。




いきなりなんだこれは、という感じですが、サッカー国際試合を観てきました。

アフリカカップだか、ワールドカップだかの予選です。

相手は強豪コートジボワール(以下、象牙)。

アフリカトップクラスのチームで、一筋縄ではいかない相手です。


でも、そこはルワンダ。

瞬発力鋭いワントップ体制で、象牙の守備をえぐります。


えぐります!

いけ!

逆サイド!

今だ!

そして....



みごと0対5の完全敗北。

最初のうち象牙のゴールにブーイングをしていた

ルワンダ人応援団も、最後には攻められるたびに拍手!

そして、象牙がピッチを去るときにはスタンディングオベーションでの大歓声。

潔くて良いですよね。



続いてはジェノサイド博物館

(写真は合葬墓地にて。

これらの花束にくくりつけられている「Never again」の文字が心を打つ)。

ご存知の通りルワンダは1994万に当時のハビャリマナ大統領が何者かによって

(未だに犯人は不明ということになっているらしいです。)暗殺されたことを契機に

何十万人もの犠牲者を出す虐殺を経験しました。

その後力強く経済発展し、綺麗に整備された現在の街の様子からは

本当に想像もつかないようなことです。

このような悲劇を二度と起こさないように

との想いからジェノサイド博物館が設立されました。

館内では、植民地以前から虐殺に至るまで、

どのように国家内の緊張が増幅し、なぜあのような悲劇が起こったのかに

ついて詳細に説明を加えています。

説明パネルの所々では、実際のジェノサイド体験者のインタビュー放映、

当時のプロパガンダ資料(新聞、ラジオのスクリプトなど)や

実際に使われた武器の展示などがされており、

展示にリアリティーを増しています。


個人的には、展示内容に少しバイアスがかかっているような気がしなくも

無かったですが、次世代を担う人間として、若い人(特に大学生)は

かならず立ち寄るべき場所でしょう。




まじめな話はこれくらいにしてお次はキヴ湖!

ルワンダは左側をコンゴ民主共和国との国境にキヴ湖という

清廉なる湖を持っています。

そのキヴ湖の湖畔の町ギセニという町に

無賃労働の合間を縫って夜行バスで行ってきました☆

いや~このギセニ、素晴らしい町なんですが、そこに行くまでがちと恐い

この夜行バスがルワンダの山道を抜けて3時間くらいでギセニに向かうんですが、

そのうち2.5時間は霧。しかも、日本で明け方にみえるちょろっとした霧ではなく

本当に霧しか見えない。いやもはや霧も見えない。なにがなんだか。

それなのに運転手は60kmくらいでルンルンとばすもんだから、こっちとしては

いつ崖から落ちておにぎりころりんしちゃうかと思ってハラハラです。

でもまぁ、なんとか到着するとギセニは良い町。



地元の漁師に頼んで小舟をこいだり。


魚をつったり(魚が釣れて嬉しくて、すごくはにかむ筆者)。



温泉につかれたり(温泉が気持ち良くて、すごくはにかむ筆者)。


とにかく良いところです!



「緑茶だ、のめ」と言われて出された液体が茶色で、

しかもすごく酸っぱかったことを除いては。


↑ 謎の液体【ルワンダハネ、トテモスッパインダーX】(仮)



えー本当はこの後、ルワンダの子供達130人との鬼ごっこや、


ルワンダスターバックスでのカッピングの様子を綴るつもりだったのですが、



もういい加減つかれてきたのと、筆者の文章があまりに下手で自分自身吐き気が して来たのでこのへんでやめておきます。 ブログとかもう一生書きたくない(うそ)。 続編はまた今度!! ということで、みなさん良い新学期を~~♪

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